「東のエデン 劇場版 II Paradise Lost」の感想というかレビューを書かなければ、とずっと思っていたができなかった。「東のエデン 劇場版 I The King of Eden」のレビューをしているんだからその続きであるIIのレビューもするのが当然ではある、がえらく悩んでしまった。理由としては簡単で、映画としてはうまくいっていないように感じてしまったからである。テレビのテンションで続いているのに、話の焦点がすげ変わったせいだと思うんだけど、結果的には「時間不足」になってしまっている印象。そして私の中では「映画すなわちエンターテイメント」という基準があるため、映画的な興奮はさほど感じなかったこと。話の落としどころも、現在進行形の事象を扱っていることもあって、むしろよくここまで食らいついたなとと関心しているのですが…ともかくどう書いていいものかなかなかまとまらなかった。
そして今回の『東のエデン劇場版I The King of Eden』はテレビで放映された11話に繋がるストーリー。日本中に打ち込まれた60発のミサイルから日本を救った主人公・滝沢朗。日本は救われた…にも関わらず国際社会から「日本は自殺を試みた国家」と揶揄され信頼は失墜。滝沢はいつの間にか姿をくらましたものの、日本を救ったヒーローとしてニートから「AIR KING(撃墜王)」と呼ばれ、反抗の象徴として祭り上げられる…。自ら「この国の王様になる」ことをJUIZに以来した滝沢の行方は。日本の未来は。100億円ゲームことセレソンゲームの勝者は。そして「王様になる」とはどういうことなのか…。先に言っておきますが『劇場版I』で提示されるのは結末へ向かうためのヒントだけです。結末は『劇場版II』で…。
この物語の結末はまだわかりません。ただし薄らと終着点は見えています。テレビ版のエピソードでは、滝沢は60発のミサイルを撃ち落とす過程で、ノブレス携帯、そしてJUIZの力を最大限に引き出す方法を見つけています。2万人のニートの発想をネットを使い収斂し、さらに選別された事案を、JUIZの力で実行する。これぞ "究極の執政"。つまりこれを拡大したものを恒久的に続ける仕組みを完成させること、それがおそらく滝沢が考える「この国の王様になること」なのではないか…。では具体的な王様の姿とは一体何か。本当に王様になることは可能なのか。それは『劇場版I The King of Eden』、そして続く『劇場版II Paradaise Lost』で明らかになることでしょう。
自分の願いに純粋であるということは時に、わがままで、粗野。ゲンドウの言う通り、大人の生き方じゃあない。これまでのシンジ君がしてきたのは、如何にして気持ちを潰すことに耐え、大人として生きれるようになるか、ということです。大人として生きることもいい、でも私は絶対に本心を潰してはいけないと思うのです。本心こそが人間の強さであり、人間の生きる核を担うものなのです。You can (not) advance. 副題にもある通り、シンジ君は大人になれなかった。でも、全てを振り切り自分の本心を吐露するシンジ君はかっこ良かった。シンジ君のことをかっこいいと思ったの、はじめてだよ。何感動させてんだよ、バカシンジが。
こちらは電車ではなく車に関する風景ですが、真っ白いもやのなかから、木々、そしてライトが浮かび上がってきて、次第に自分たちの走っている風景が見えてきます。自然物が逢えてデジタルな雰囲気で表現されるのが映像的で面白いですね。私が一番ツボなのは途中パパパっと地面が鏡のような面で覆われるシーン。水田なんですよね。同じ景色でも切り取りかたでこうも面白くなるのかと。「減反した未来の農家は水田の代わりにソーラーパネルを設置している」みたいな勝手な未来設定を想像して一人盛り上がりしてしまいました。ミラノサローネで発表されたLights and Shadowsと対になっていて、こちらの映像も幻想的で美しいですね。
CMの最後に表示されるのは「Dirt Is Good」。子どもは子どもらしく、外で思う存分遊ばせてあげるべき、親も衣類の汚れを咎めずに子どもを外へ遊びにいかせよう、というメッセージ。しかし何よりもロボットの演技がすごい。感情の変化を動きや表情が細かい表現している。だんだんとロボットも人間らしさが増していき、最後の雨のシーンで頂点に達する。人の「抑圧された気持ちが爆発する」シーンていうのはいつ見てもグッとくる。なんでかはわからない。もしかしたら「抑えきれないぐらいの本当の気持ち」が心の琴線に触れるのかも。いや、人が感動しているところを見ると自分も感動するんだよね。特にそれが子どもの場合は全てが新鮮で、新しい体験だからなおさらなんだ。
the Bird & the Beeの「Again & Again」という曲のPV、というかオフィシャルではないようなのでいわばMAD動画。この動画の面白いところはズバリ全編Macのスクリーンショットでできているところ。つまりMacを操作している画面を撮影(キャプチャ)して、それを編集して作成された映像だということ。似たようなコンセプトで以前こんな映像もありましたが、時は変わって2008年。MacOS Xの標準機能を含め様々なアプリケーションが使われています。