Wii U発表 — すべてが同じになってしまう時代に、新しい遊びを追求するということ。
2011.06.08 Text
その昔、ゲームは"ボードゲームだった"
セネトというゲームをご存知だろうか。セネトは世界最古のゲーム、厳密に言えば世界最古のボードゲームだと言われている。紀元前3500年のエジプトに生まれた30のマス目を使って遊ぶゲームだ。
そしてセネトの誕生から約5500年後の1983年、人類の歴史に新たなゲームが登場する。ご存知ファミリーコンピューター。通称ファミコンだ。ファミコンやアタリ以前のゲームと言えばセネトのようなボードゲームやトランプのようなカードゲーム、球技や缶蹴りのような身体を使ったものであった。しかし、ゲームがそのような形しかないと誰が決めたであろう。ファミコンはそれまでのゲームとは一線を画す。ゲーム機をテレビに繋ぎ、テレビに映る映像を十字キーと2つのボタンで操作する、まったく新しいゲームが誕生したのだ。セネトどころか真新しいボードゲームもカードゲームも捨て、缶蹴りに使っていた空き缶はゴミ箱に捨て、誰もがファミコンに飛びついた。自然と、ゲームとは即ちファミコンのことを指すようになった。その後もSONYのPlayStationやMicrosoftのXBOXといった圧倒的な性能を持つファミコンの子孫が生まれていった。ファミコンから続くゲームのスタイルは一様であった。
ファミコンの誕生から27年が経過しようとしている。ファミコンから生まれたテレビゲームの文化は高度化し、映像は美しく、ゲーム性は洗練ないし複雑化された。究極のテレビゲーム体験はPS3やXBOX360の中にある。この27年でゲームは目覚ましく進歩した。しかし、コントローラーを握りしめ、テレビに向かうスタイルは何一つ変わらなかった。ゲームが好きな人はこういうだろう「変える必要はない」と。確かにそのとおりだ。僕だってこのスタイルが大好きだし、コントローラーを握りしめ生きるすべてを注いでいた時期もあった。しかしだ。テレビゲームがそのような形しかないと誰が決めたであろうか?
セネトがバックギャモンに代わり、チェスに変わり、将棋に変わり、モノポリーに変わっていったように。物理世界に縛られていたアナログなゲームが、ファミコンと言う低級ながらも素晴らしいデジタルな世界に導かれたように。ある日それは突然変わるのだ。なぜ変わるのか。確証なんてない、でもそれはきっと変わった方が面白い世界が広がるかもしれないからだ。
Wii U — コントローラーに画面がついたゲーム機

任天堂は今日、新型据え置きゲーム機、Wii Uを発表した。Wiiの互換性を確保しつつ、HD対応など大幅に性能を向上させている。そしてWii U最大の特徴は一目で分かる。コントローラーに6.2インチの大きなタッチパネル液晶がついていることだ。この液晶には本体から送られてくる映像を映し出すことができる。テレビとコントローラーの液晶、両方使うこともできるし、コントローラーの液晶だけを使ってゲームをすることもできる。コントローラーにしてはかなりの大きさだが、2つスライドパッドに十字キー、ABXYの4つのボタンにLR、そしてLZ、RZとトリガーボタンもちゃんと装備している。ほかにも加速時計やジャイロセンサー、そしてカメラにマイク、スピーカー、振動機能まで内蔵した、「脳みそがない携帯ゲーム機」といっても過言ではない仕様だ。
しかしなぜコントローラーに画面をつけたのか。それはわざわざテレビの電源を入れなくてもゲームができる、というのが最大のポイントだろう。テレビゲームにとって文字通りテレビは大動脈だった。体感ゲームのために大型テレビを買ったという声も多い。一方Wiiテレビがなくてもゲームができるといえば携帯ゲーム機だ。携帯ゲーム機は携帯電話やiPadなど、時間を奪うライバルも多いが同時に使うことができる。しかしテレビを使う据え置き型ゲームはそうはいかない。そもそもテレビ自体がテレビゲームの時間を奪うライバルなのだ。チャンネル争いに勝利したとしても、更にテレビの周りにはビデオレコーダーやAppleTVだけでなく、直接のライバルであるPS3やXBOX 360だっている。こんなにライバルがいるにもかかわらず、画面は1個。仮にWiiがどんなにユーザーフレンドリーなゲーム機だとしてもこれでは勝てるはずがない。そしてWiiの目的はテレビを占領することではない。人にエンターテイメントを与えることだ。コントローラーに液晶がついていれば最短ルートでそれが可能になる。
そしてグラフィックや単純な性能差で任天堂のハードはPS3やXbox360に負けている。では彼らと同じことをやればいいのかと言えば僕はそれは違うと思うのだ。私は単なる任天堂信者だと思われているかもしれないけれどPS3のいいところもXbox360のいいところも知っている。アンチャーテッドのクオリティの高い映像とインタラクションのすごさ。FPSは苦手だけれどHalo: Reachの艦隊の中で戦う臨場感には驚かされた。PSNはさておきXbox Liveは素晴らしいサービスだ。だがその物まねが一つ増えたところでいったい何が楽しいだろう?物まねだけが増えるならいっそない方が清々しい。ましてやゲーム機だろ?くそまじめな作りなら今の時代パソコンやスマートフォンで十分だ。今見たいに均一化した世界の中でも、ただのパソコンやスマートフォンじゃないから、遊びの道具だって言えるんじゃないか。
新しい楽しさを求めて。
僕は2つの画面を自由に扱うゲーム機、Wii Uを目にしてわくわくしている。僕にはWii Uの売り上げがどうなろうが知らないし、任天堂の株主でもない。ただ遊びの形が変わるかもしれないことにわくわくしている。せっかくだからここで任天堂の人には2つお願いをしたい。
1つは面白いソフトを作ってほしいということだ。この2画面を活かすアイデアというのはなかなか難しいように思える。がコンセプト映像の中にはいくつかのヒントが隠れているようだ。新しいことも大切だし、楽しいことも大切だ。単純だがこれに尽きる。
そして2つめは従来のコントローラー文化のゲームを残してほしいということだ。必ずしも古いゲームを焼き直せというわけではない。バーチャルコンソールを通じて過去のゲームをちゃんと遊べる状態で提供し続けてほしいということだ。よく言っていることだがゲームの寿命はゲームハードに依存する。ファミコン本体が壊れてしまえばいくらファミコンカセットがあっても遊ぶことはできない。もしゲームが映画や音楽や書籍と同じ "文化" だと言うのであれば、後世にも伝えていくことが大切だ。冒頭で紹介したセネト、あなたはご存知だったであろうか。正直に言うと僕は「ゲーム 世界最古」でググって2ページ目を見るまでその存在を知りませんでした。Wikipediaによると正確な遊び方はまだ議論の的になっているとのこと。貴重な文化も正確に伝わらなければ意味がないのだから。
数年前ならテンキーのついていない携帯なんて考えられなかった。今や街はテンキーのない携帯で溢れかえっている。僕らの思う常識なんて、あっという間にひっくり返る。常識は破り続けてこそ価値がある。変わらないのは、せめて楽しく人生を過ごしたいという気持ちだけだ。











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