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今改めて問う、"プロ" とは何か。

2011.06.27 Text

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今月号のSWITCHは「ソーシャルカルチャーネ申100」と題してネット発のムーブメント、主に人物を中心に特集を組んでいる。中ではfladdict先生tats君も取り上げられているのでまだ未読の方にはぜひ買って読んでいただきたい。

特集の特性上取り上げられている人の中で、俗にいう旧メディアの "プロ" の方の割合は非常に少ない。ここで指す旧メディアとはテレビやレコード会社と言った…ま、なんでしょ十把一絡げに言えば "業界" ってやつでございましょうか。どちらかと言えばネットにアップしたものが評価を得て人気を博すようになった "素人さん" から出てきた人が多くを占めている。

業界のプロ、は本当の本当にプロフェッショナルだ。CD一つ作るにしても、CM一つ作るにしても、一定の作法や不文律が存在する。もしそれから外れたようなものを納品すれば、CDを製造することも、CMを放映することもままならない。そのすべてをきちんと押さえてこそプロの仕事が成立する。ルールに則り、しっかりとした品質を保持すること。これが業界のプロの仕事だ。

一方業界とは正反対のネット世界ではそのような不文律は存在しない。何たっておじいちゃんおばあちゃんですらYouTubeに動画がアップロードできる時代だ。終わりと始まりに黒画面を入れる?そんなの邪魔なだけ、見てる人が再生されてないと思ったらどうする!動画が終わったときも黒画面じゃ寂しいだろ!YouTubeがはじく動画でない限りどんな形式の映像だって公開できる。

ネットに業界のような厳しさはないが、しかしネットで活躍しているミュージシャンや映像作家、はたまたニコ動の "人気者" がプロではない…といったらそれは間違いだろう。多くのファンを獲得し、そこで利益を得、時に旧メディアの影響力すら越すこともあるかもしれない彼らの活動はプロそのものではないか。

動画サイト、もっと広く言えばメディア投稿サイト、そしてソーシャルネットワークが新たな時代の "プロ" を生み出したのだ。

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話は大きく変わるがAppleから最新の動画編集ソフトFinal Cut Pro Xが発売された。Mac App Storeで既に販売中である。これまでのFinal Cut Pro Studioをフルリニューアル、完全に新しい64bitアプリに作り替えたApple意欲作である。

…が、これが "業界" の方たちにすこぶる評判が悪い。そもそも旧バージョンとの互換性を捨てている時点で評判が悪くなるのも当然というものだが、これまでの制作ルールや不文律を遵守するための機能がごっそりと抜け落ちているのも(例えばテープへの書き出し機能とか)叩かれる理由になっている。Appleがもし仮にこのような反感を予測できずただ面食らっているだけだとしたらここから先の話を書く必要はないのだが、もちろん考えがあってのフルリニューアルであろう。

つまりはAppleの中でのProの定義が広くなったのだ。「YouTube Starやニコ動のネ申だってProの領域」であると。彼らに今までのルールはいらない。必要なのはスピーディーな編集能力と補正・エフェクト類の充実。何より彼らは "映像のプロ" でない可能性も高い(歌ってみたり踊ってみたりする人もいるわけだし)。だからとにかくわかりやすいことも重要だ。書き出し先にCNN iReportが登録されているのも象徴的だ。Twitter、Ustream、あらゆるものが "生" になる時代に場所を選ばないスピード感は最も求められる要素になる。時代の変化が映像編集の現場に新しい要求を突きつけたのだ。

Final Cut Pro Xが "iMovie Pro" が揶揄されるのもよくわかる。従来のプロにとっては足りないものづくし。だが、ネットで活動するプロたちにが更なるクオリティーを求めるとなればiMovieのテンプレートではもの足らないだろう。専門的ではないが、自由度の高さを求めるユーザーのためのソフト。クリエイターが求めるのは自分が満足し、そして聴衆を満足させる高いクオリティの作品を世に出すことに他ならない。こうして新たな時代のプロ、ネット上に数多輝くのネ申のための編集ソフト「Final Cut Pro X」は誕生した。ネット文化の発達とともに生まれた新しいプロの定義、そしてFinal Cut Proの登場を僕は嬉しく思う。


しかし…誰しもが自分が尽くした相手に無下に扱われるのは嫌なものだ。旧Final Cut Proユーザーの悲しみだっていたいほどわかる。何しろ僕自身も旧FCPユーザーなのだし。そして僕の尊敬する、文化を支えてきたプロの人たちが悲しむのは辛い。Apple曰くXML.の対応やマルチカメラにバージョンアップで対応するという声明も出ているので期待して待ちましょう。

それとこれを書いているときにちょうどMacお宝鑑定団Blogで『何を捨て、何を得たのか。Final Cut Pro Xから見えてくる「編集の再定義」』という駿河台大学メディア情報学部・斎賀和彦教授のエントリーがアップされていたのですがぜひこれも目を通していただきたいです。

(なぜか)Fi-VJがDTMマガジンで紹介されました!

2011.06.15 Book

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Twitterで報告を受けて知ったのですが、なんと私制作のHTML5 VJ App「Fi-VJ」DTMマガジンで紹介されました!ご存知の通りDTMマガジンはPCで音楽を作る人のための情報雑誌。でそこでなんでFi-VJが紹介されるのか「何を言ってるのかわからねーと思うが(ry」と言いたくもなりますが、新しい音楽制作スタイルの特集ということで「HTML5で音楽アプリが作れる?」というコーナーが組まれております(p.54)。で、そこで小さくFi-VJが紹介されているんですが、なぜ音楽アプリでもなんでもないFi-VJが掲載されているのかは謎。編集者の方からも特に連絡はなかったし。

しかし音楽制作を夢見るものであれば一度は必ず目を通すと言われるあのDTMマガジンに私の作ったものが紹介される日が来るとは夢にも思いませんでした。このような機会を与えてくださったDTMマガジン編集者の皆様本当にありがとうございました!! 店頭でDTMマガジンを見かけたらぜひ手に取って読んでみてください。KORG monotribeの特集楽しかったです。

HTML5 VJ App「Fi-VJ」についてはこちら

Wii U発表 — すべてが同じになってしまう時代に、新しい遊びを追求するということ。

2011.06.08 Text

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その昔、ゲームは"ボードゲームだった"

セネトというゲームをご存知だろうか。セネトは世界最古のゲーム、厳密に言えば世界最古のボードゲームだと言われている。紀元前3500年のエジプトに生まれた30のマス目を使って遊ぶゲームだ。

そしてセネトの誕生から約5500年後の1983年、人類の歴史に新たなゲームが登場する。ご存知ファミリーコンピューター。通称ファミコンだ。ファミコンやアタリ以前のゲームと言えばセネトのようなボードゲームやトランプのようなカードゲーム、球技や缶蹴りのような身体を使ったものであった。しかし、ゲームがそのような形しかないと誰が決めたであろう。ファミコンはそれまでのゲームとは一線を画す。ゲーム機をテレビに繋ぎ、テレビに映る映像を十字キーと2つのボタンで操作する、まったく新しいゲームが誕生したのだ。セネトどころか真新しいボードゲームもカードゲームも捨て、缶蹴りに使っていた空き缶はゴミ箱に捨て、誰もがファミコンに飛びついた。自然と、ゲームとは即ちファミコンのことを指すようになった。その後もSONYのPlayStationやMicrosoftのXBOXといった圧倒的な性能を持つファミコンの子孫が生まれていった。ファミコンから続くゲームのスタイルは一様であった。

ファミコンの誕生から27年が経過しようとしている。ファミコンから生まれたテレビゲームの文化は高度化し、映像は美しく、ゲーム性は洗練ないし複雑化された。究極のテレビゲーム体験はPS3やXBOX360の中にある。この27年でゲームは目覚ましく進歩した。しかし、コントローラーを握りしめ、テレビに向かうスタイルは何一つ変わらなかった。ゲームが好きな人はこういうだろう「変える必要はない」と。確かにそのとおりだ。僕だってこのスタイルが大好きだし、コントローラーを握りしめ生きるすべてを注いでいた時期もあった。しかしだ。テレビゲームがそのような形しかないと誰が決めたであろうか?

セネトがバックギャモンに代わり、チェスに変わり、将棋に変わり、モノポリーに変わっていったように。物理世界に縛られていたアナログなゲームが、ファミコンと言う低級ながらも素晴らしいデジタルな世界に導かれたように。ある日それは突然変わるのだ。なぜ変わるのか。確証なんてない、でもそれはきっと変わった方が面白い世界が広がるかもしれないからだ。

Wii U — コントローラーに画面がついたゲーム機

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任天堂は今日、新型据え置きゲーム機、Wii Uを発表した。Wiiの互換性を確保しつつ、HD対応など大幅に性能を向上させている。そしてWii U最大の特徴は一目で分かる。コントローラーに6.2インチの大きなタッチパネル液晶がついていることだ。この液晶には本体から送られてくる映像を映し出すことができる。テレビとコントローラーの液晶、両方使うこともできるし、コントローラーの液晶だけを使ってゲームをすることもできる。コントローラーにしてはかなりの大きさだが、2つスライドパッドに十字キー、ABXYの4つのボタンにLR、そしてLZ、RZとトリガーボタンもちゃんと装備している。ほかにも加速時計やジャイロセンサー、そしてカメラにマイク、スピーカー、振動機能まで内蔵した、「脳みそがない携帯ゲーム機」といっても過言ではない仕様だ。

しかしなぜコントローラーに画面をつけたのか。それはわざわざテレビの電源を入れなくてもゲームができる、というのが最大のポイントだろう。テレビゲームにとって文字通りテレビは大動脈だった。体感ゲームのために大型テレビを買ったという声も多い。一方Wiiテレビがなくてもゲームができるといえば携帯ゲーム機だ。携帯ゲーム機は携帯電話やiPadなど、時間を奪うライバルも多いが同時に使うことができる。しかしテレビを使う据え置き型ゲームはそうはいかない。そもそもテレビ自体がテレビゲームの時間を奪うライバルなのだ。チャンネル争いに勝利したとしても、更にテレビの周りにはビデオレコーダーやAppleTVだけでなく、直接のライバルであるPS3やXBOX 360だっている。こんなにライバルがいるにもかかわらず、画面は1個。仮にWiiがどんなにユーザーフレンドリーなゲーム機だとしてもこれでは勝てるはずがない。そしてWiiの目的はテレビを占領することではない。人にエンターテイメントを与えることだ。コントローラーに液晶がついていれば最短ルートでそれが可能になる。

そしてグラフィックや単純な性能差で任天堂のハードはPS3やXbox360に負けている。では彼らと同じことをやればいいのかと言えば僕はそれは違うと思うのだ。私は単なる任天堂信者だと思われているかもしれないけれどPS3のいいところもXbox360のいいところも知っている。アンチャーテッドのクオリティの高い映像とインタラクションのすごさ。FPSは苦手だけれどHalo: Reachの艦隊の中で戦う臨場感には驚かされた。PSNはさておきXbox Liveは素晴らしいサービスだ。だがその物まねが一つ増えたところでいったい何が楽しいだろう?物まねだけが増えるならいっそない方が清々しい。ましてやゲーム機だろ?くそまじめな作りなら今の時代パソコンやスマートフォンで十分だ。今見たいに均一化した世界の中でも、ただのパソコンやスマートフォンじゃないから、遊びの道具だって言えるんじゃないか。

新しい楽しさを求めて。

僕は2つの画面を自由に扱うゲーム機、Wii Uを目にしてわくわくしている。僕にはWii Uの売り上げがどうなろうが知らないし、任天堂の株主でもない。ただ遊びの形が変わるかもしれないことにわくわくしている。せっかくだからここで任天堂の人には2つお願いをしたい。

1つは面白いソフトを作ってほしいということだ。この2画面を活かすアイデアというのはなかなか難しいように思える。がコンセプト映像の中にはいくつかのヒントが隠れているようだ。新しいことも大切だし、楽しいことも大切だ。単純だがこれに尽きる。

そして2つめは従来のコントローラー文化のゲームを残してほしいということだ。必ずしも古いゲームを焼き直せというわけではない。バーチャルコンソールを通じて過去のゲームをちゃんと遊べる状態で提供し続けてほしいということだ。よく言っていることだがゲームの寿命はゲームハードに依存する。ファミコン本体が壊れてしまえばいくらファミコンカセットがあっても遊ぶことはできない。もしゲームが映画や音楽や書籍と同じ "文化" だと言うのであれば、後世にも伝えていくことが大切だ。冒頭で紹介したセネト、あなたはご存知だったであろうか。正直に言うと僕は「ゲーム 世界最古」でググって2ページ目を見るまでその存在を知りませんでした。Wikipediaによると正確な遊び方はまだ議論の的になっているとのこと。貴重な文化も正確に伝わらなければ意味がないのだから。
 

数年前ならテンキーのついていない携帯なんて考えられなかった。今や街はテンキーのない携帯で溢れかえっている。僕らの思う常識なんて、あっという間にひっくり返る。常識は破り続けてこそ価値がある。変わらないのは、せめて楽しく人生を過ごしたいという気持ちだけだ。

iCloud発表 — テクノロジーは空気のような存在にならなければならない

2011.06.07 Gadget

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あなたは今この文章をどんな機械を使って見ているだろうか。

パソコン?携帯?iPhone?iPad?もしかしたらゲーム機とかかもしれないね。「クラウド」という概念を一言で言うことは難しい、が簡単に言うとあなたが今触っている機械の画面と、そこに内蔵されている記憶装置の距離がとてつもなく離れていく感覚、と言えばいいだろうか。世界のどこか(地球の裏側かもしれない)にパソコンを置き、そこにネットを介してアクセスする。そうすれば同じパソコンをどこからでも同じような感覚で動かすことができる。自分が持っている音楽を、写真を、アプリケーションを、どこでも同じように操れる。これが一番ざっくりした「クラウド」の説明だ。

これはとても簡単なことのように思える。だってパソコンの画面と本体を離れたところに置くだけだから。しかしそう簡単にはいかないんだ。まず本体をどこに置くか?スペースがあるのか?本体の管理は?本体の値段は?そして本体と画面を繋ぐネットワークだって無限の速度を持っているわけじゃない。帯域が混雑することもある。クラウドの概念自体はとても簡単だが、満足するレベルで実現するには多くの障害がある。しかし優れた考え方だから、問題を少しずつ解決していけば、いずれ最高の未来がやってくるのは間違いないんだ。

iCloud - これは小さな一歩だが。

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Appleが今日発表したiCloudは現時点で実現できるクラウドをパッケージにしたものだ。5GBの容量にPC、iPhone、iPadから写真や書類、電子書籍、住所録にカレンダー、メール、バックアップ、アプリを保存し、そして音楽も共有しておけるスペース。それがiCloudであり、広告もなく無料で利用できるサービスだ。どのデバイスからも意識すること無くアクセスできる。つまりいままではPCを中心に同期してきた情報を、iCloudに入れることによって、いつでもどこでもどんなときでもアクセスすることができるようになる。iCloudが全てのデバイスの中心になるということだ。

さて、容量が "5GB" と聞いてあなたは落胆したかもしれない。とてもじゃないが自分のPCに入っている情報全てをiCloudに移し替えることはできないと。

Appleは優れた頭脳を持っているし、お金もあるし、世間的な評価だって持っている。その現時点でとても優れた集団であるところのAppleですら、残念ながら今のところここまでしかできない。「想像上のパーフェクト」はAppleにすら実現はできないし、世界中のPCのストレージを保持するなんて "現時点では" たとえGoogleだってお手上げだろう。パーフェクトだけを目指していてはいつまで経っても話は進まない。想像上のパーフェクトは学者先生やどこぞの評論家先生に任せて、現時点で「実現できるパーフェクト」を目指す。これがAppleのミッションだ。

ではその輝かしいファーストミッションについて説明していくことにしよう。iCloudが提供する機能はたくさんあるが、特筆すべき機能は3つ。「写真の保存」「ドキュメントの保存」そして「音楽の共有」だ。

まず写真の保存「Photo Stream」。例えばiPhoneで写真を撮影した瞬間、自動でiCloudにアップロードしてくれる。写真は人に見せたりサイトに公開したりと何かと扱う種類のファイルの一つ。しかし写真はなかなか一枚のファイルサイズが大きい。そのくせ人生の長さだけファイルの数は膨大になる。これ全てをiCloudに保存するのは無茶というものだ。ではここであなたに尋ねよう。全ての写真は常に必要か?数年前の旅行で撮影した写真。もちろんいつでも見れるにこしたことはないが、毎日しげしげと眺めることはないだろう。普段必要な写真なんて数日ないし数週間前に撮影したものがほとんどだ。だからAppleはiCloudに自動で保存する写真を1000枚、もしくは30日以内に撮影したものに制限した。それだけでもたいていのシーンは乗り切れてしまうものだ。Appleというよりは任天堂っぽい提案である。

そしてドキュメントの保存。iPhoneやiPadのアプリはいつも「あいまいな場所」に情報を保存してきた。PCであればデスクトップやフォルダに入っていたものだが、iOSの場合は明確なファイル操作ができない(むしろできないようにしている)。故にアプリが勝手に作っていたスペースに保存するケースがほとんどだった。ではいっそそのあいまいな場所を使うよりもiCloudに全て突っ込んでしまった方が話が早い。これでデバイス間での同期の手間も省けて一石二鳥。つまりiCloudはちまちましたフォルダ管理が必要だった従来のファイルシステムとは違う「なにも考えないで全てを突っ込んでおける新しいファイルシステム」とも言える。

そして最後、音楽の共有「iTunes in the Cloud」。先ほど「クラウドには障壁が多い」と書いたがここにもうひとつ大きな障壁がある。音楽の共有には権利者の…音楽業界の許可が必要なのだ。「そんなもんくそくらえだ!」と言いたいのもわかる。私だって言いたい。が、音楽を作っている知り合いだっているし、それで生活している人もいる。権利を蹂躙するのはお互いに気持ちのいいものではない。Appleはレコード会社との契約を更新し、楽曲の購入履歴をたどって再ダウンロードが無料でできるようにした(知らない人が多いかもしれませんが実は今まで再ダウンロードは有料だったんですよ!!)。感覚的には権利を買う、という感じかな。iPhoneで楽曲を購入すれば自動的にPCやiPadにも自動で音楽がダウンロードされる仕組みになっている。これがいつでも、どこでも、どんなときでも好きな音楽が聴けるからくりだ。

…で、ここまで書いたら気がつくと思うけど、実はiTunes in the Cloudが機能するのはiTunes Storeにある楽曲のみ。そしてもちろんiTunes Storeで購入した楽曲のみが共有対象になるわけだけど「じゃあ今まで買ったCDは全部iTunesで買い直せってこと!?」という話になってしまう。

そこで救済措置「iTunes Match」の登場である。iTunesライブラリを調べて既にリッピングしてある曲と同じ曲がiTunes Storeにあったら、iTunes Storeで購入したのと同じ扱いになる。音質も256Kbpsでの提供、もしかすると昔リッピングした音源ならそれ以下の音質の可能性もあるわけで一種のアップグレードサービスとも考えられる。残念ながらiTunes Matchは$24.99円の有料サービスだがそこまで悪い話ではないだろう。悪い話ではない、が悪い話が一つある。iTunes Matchは今のところアメリカでのみ提供。…やっぱり障壁は分厚いですね。でもいずれは日本でも扱えるようになるでしょう。

他にもバックアップやアプリの引き継ぎなどiCloudの新機能は多い。またこれまで列挙した写真、音楽、書類、アプリの保存は5GBとは別の領域に保存されるので安心してほしい。そして一番大きいのはiCloudはただおまけではなく、無料で提供される、Appleの新たな基幹サービスだということだ。iCloudがこれからのApple製品全ての前提条件になる。

「一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては大きな飛躍だ」。言わずもがな、人類初の月面着陸を成功させたニール・アームストロングの格言。この小さな小さな5GBのストレージとiTunes新サービスは、まさに小さな一歩。しかしこのまま終わるわけじゃない。Black Swanよろしく "It's so perfect." と言える時が来るまでiCloudを進化させ続けることがAppleのこれからの使命なのだ。

iOS 5 - 遂に "へその緒" が切れた

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クラウド化に伴いiOSにも大きな変化の兆しがあった。プッシュ通知をまとめて確認するNotification Centerや、新メッセージサービスiMessage、Newsstandなる雑誌の定期購読サービス、ToDoアプリReminders、TwitterのOSレベルでの対応、ロック解除せずに使えるエディットも可能な新カメラアプリ、タブブラウズや "あとで読む" 機能が追加されたSafari…

新機能を列挙するには暇が無いが、もっとも大きな変更は無線での同期が可能になったということではないだろうか。iOSデバイスは常にiTunesの助けが必要だった。音楽や写真の同期も、OSのアップデートも。しかしもうどれも無線で行うことができる。iTunesとの同期はWi-Fiで。OSのアップデートはサーバーとの通信だけで可能。遂にiPhone、そしてiPadはPCという母の庇護を離れ、次世代の標準デバイスのポジションにのし上がることができる。もうこれで線が必要な作業は充電だけになった。いや、こういうものを使えば充電すら無線で可能かもね。

OS X Lion - OSすらダウンロード購入できる時代

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Lionの機能については既に知られているものばかりなのでもうここに書く必要はないだろう。価格は2,600円。相変わらずの低価格路線はWindowsのようにアップグレードが停滞して新機能を提案しづらくなるよりは、身銭を切ってもアップデートされた方がまし、というAppleの考え方だろう。さて問題は提供方法だ。

OS X Lionは店頭では販売しない。Apple Storeですら販売しない。言ってる意味が分からないかもしれないが事実である。OS X LionはMac App Storeでのみの販売になる。OSすらもダウンロード販売にする、Appleの姿勢は明確だ。なぜならDVDドライブを持たないMacBook Airのような製品に対しても、最も早く、確実にアップロードを促すことが可能だからだ。歳を取ったなぁと思うと同時に時代が変わったと思わずにはいられない。しかし冷静に考えれば、今時、ダウンロードできないソフトなんてあり得なくない?

テクノロジーを "空気のような存在にすること" がAppleのミッション

さて、AppleがiCloudを発表したからと言って何も新しいことはない。Googleは間違いなく最先端のクラウドカンパニーだし、Amazonやその他新興企業はこれでもかとクラウドサービスを発表している。テクノロジーを追い続ける僕らにとってクラウドというものは、あまりにも当たり前な、そして陳腐なものだ。Appleが今日発表したものもそれは陳腐なものだが、他社のものとは一つ異なる点がある。それはパッケージになっているということだ。iPhoneやiPad、PCとマッチして自然に扱える形で世に出しているということだ。多くのクラウドサービスは荒削りの原石のようなものだ。大きな可能性を秘めたパワフルなものだが、それを使いこなすには一定の知識が求められる。世の中の人が皆 "情強" なわけではない。情強にとっては普通に扱える代物でも、知識の無い人間には操ることすら難しいかもしれない。テクノロジーはそこにあるだけではだめなのだ。テクノロジーは誰もが自然に扱える、空気のような存在になってこそ真価を発揮する。あなたのお母さんに1台、マシンをプレゼントするとしたらそれは何だろうか。きっと答えは皆一緒のはずだ。

 

最後に今回の発表とは関係ないが、Appleの精神を象徴するiPad 2のCM動画を貼付けて終わりにしたい。

"私たちは信じている。
テクノロジーだけでは何かが足りない。
より速く、より薄く、より軽く。
もちろんそれはいいことだ。
しかし、テクノロジーから解放されたとき、全てはもっと楽しくなる。"

この世界には数百万個の"Born This Way"の楽曲ファイルが存在する—iCloud発表に向けて

2011.06.01 Gadget

以前同じようなことを書いた気がするものの、今度こそ本命だろう、ということでもう一度書いておこう。もちろんこうなったらいいな、という願望を多く含んだ文章なので注意しておいてほしい。

こんなことを考えたことはないだろうか。

ご存知の通り "Born This Way" はLady Gagaの大ヒット曲だ。シングルこの曲を含めたアルバムも、世界中で売れに売れた。結果CD、データ販売、違法コピーなども合わせれば世界のPCや携帯音楽プレイヤー、そしてiPhoneを含む携帯電話の中には数百万個、いやそれ以上の "Born This Way" の楽曲ファイルが存在していることになるだろう。当然ながら内容は全て同じものである。世界中の情報機器の記憶容量の如何ほどがBorn This Wayに占領されていることだろうか。

ではいっそ、1個のファイルを誰もが参照できる場所に置いてしまえばいいのではないか?

 

Appleは6/6から行われるWWDCに先駆けてプレスリリースを打った。初日の基調講演でMacOS X Lion、iOS 5、そして新たなクラウドサービスiCloudの発表がスティーブ・ジョブズの手で行われることを予告した。

Apple製品の基盤である2大OSが同時に更新されることも驚きだが、やはり注目はiCloudであろう。最近のAppleはサプライズ発表を行うよりも一つの製品にフォーカスして発表を行うスタイルに移行しているが、具体的な内容が明かされていないだけに何が飛びたすか、今回も世界中の人が固唾を飲んで見守る基調講演となるだろう。

もっともiCloudの機能として有力視されているのは、iPhoneに楽曲をコピーしなくてもネットワーク経由で音楽が楽しめるクラウドミュージックプレイヤーだ。もし仮に、仮にだが、もしこのクラウドミュージックプレイヤー機能が実現すれば—アプリでパンパンになったiPhoneでもネットにつながってさえすればいつでも好きな時に曲が聞ける。そうBorn This WayのファイルはもうiTunesのサーバーに入っている1個でいい。世界中の記憶領域が大量のBorn This Wayから解放される日が来るのだ。そしてもうiPhoneのせせこましい容量の使い道で悩む必要はない。いつでも、どこでも、全ての音楽を—自分のライブラリに入っているもの全てであり、iTunes Storeが提供するもの全ての—聴くことができる。

これがいつか来る未来であることはだれもが知っていた。YouTubeが実質最強のクラウドミュージックプレイヤーであることは疑う余地がない(機械に疎い人含め、誰もが利用しているサービスであるという意味で)。しかしYouTubeではだめだ。みんなが欲しいのは呼吸するように、自然に音楽を聴ける環境だ。

曲の選択の自由を僕らに与えてくれたiPod。しかしiPodは死んだ。そしてiPhoneが生まれた。iPhoneが新しい時代のiPodになる時がやってくる。

 

Born This Wayの一節ではこう歌われている。

Ooo there ain’t no other way
Baby I was born this way
I’m on the right track baby
I was born this way


他の道なんてないのよ
私はこうなる運命のもとに生まれてきたの
私は正しい道を歩んでいるわ
私はこうなる運命のもとに生まれてきたの

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