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今日、Appleは王様になった。

2010.11.17

beatles_on_itunes_0.jpg

希望に満ちた "明日" はがっかりから始まった

さて、誰かがタイムリープして歴史を改変したのかわからないが、AppleのiTunesに関する発表というのはiTunesでThe Beatlesの楽曲の配信を開始する、というものだった。

Twitter上ではAppleの新サービスを期待していた人の否定的リアクションで埋め尽くされた。ま私もそのうちの一人にカウントされるのだろうが、なぜこれだけのことで大騒ぎする必要があったのか疑問に思う声も多い。簡単に言えばAppleとEMIのキャンペーンに一杯引っ掛けられただけの話ではあるのだが、面白いのがAppleは自社のサイトのトップページを丸まるビートルズの写真で埋め、iTunesStoreのトップページまでビートルズだらけにする異例の大待遇をしているところだ。

ここからAppleにとって純粋に重要だったことが伺い知れる。もちろんそれはAppleの都合なだけであって、ただThe Beatlesの楽曲が聴きたい我々にとっては知ったこっちゃない都合なわけだが、昨日から空振りの片棒を担いだ手前「なぜAppleにとってビートルズが重要なのか」を考えていくこととしよう。

Apple vs Appleの30年戦争

Apple、と言えば言わずと知れたスティーブ・ジョブズ率いるApple Inc.のことを指すが、よく知られたAppleもう一つ存在する。The Beatlesが設立し、現在は彼らの楽曲を管理することを目的としているイギリスのApple Corpsだ。ここからはWikipediaの記事に倣って各々を米Apple、英Appleと呼ぶことにしよう。これならわかりやすい。

米Appleの設立から1年後の1978年。英Appleは米Appleに対して商標権侵害をについての訴訟を起こす。簡単に言えば「勝手にうちの社名つかってんじゃねーよ」。数年後この係争は「米Appleが和解金を支払う」「米Appleは音楽事業に参入しないこと」を条件に終結した。

詳細はWikipediaを見てもらうこととして、米Appleが音楽作成機能が付いたパソコンや音声ファイルが含まれたMacを発売しただけで「音楽に関わるなって言ったのにあんた関わってんじゃん!」と、英Appleが訴訟を起こすという騒ぎが度々発生している。英アップルの執拗ないびりにも感じられるが、もちろん訴訟にどっちが悪いも何もない。

さてここまではまだよかった。米Appleが直接音楽で商売していたわけではなかったからだ。しかしiTunes Music Store開設によってまたしても火ぶたが切って落とされる。「ちょおま音楽売ってんじゃん!!」英Appleと米Appleの係争は約3年に渡って続いたが、結論から言うと遂に米Appleが勝利を収める。その理由は意訳すれば「約束では "物理メディア" での販売を禁止しただけで、デジタルデータの販売には触れていない」といったところだ。時代は米Appleに味方した。2007年米Appleと英Appleは和解。もちろん、米Appleが英Appleに名前の使用料を払い続ける条件である。

Happy Xmas, War Is Over.

こうして30年に渡る米英の争いは終わった。スティーブ・ジョブズは以前からビートルズのファンであることを公言し続けていた。本人は認めないが、Appleという社名もビートルズの影響があったように思える。一方のビートルズのメンバーも個人名義でiTunesで曲を販売していたりもした。ポール・マッカートニーに至ってはiPod+iTunesのCMに出演すらした。望まれない争いの終結。AppleとジョブズにとってThe Beatlesの楽曲配信は悲願だったに違いない。

僕らが目撃したのは、音楽コンテンツ業界の王位継承の儀式だった

しかし英Appleはどうしてそこまで偉そうな(失礼!)態度をとれるのか。いや、現実に偉いのだからしょうがない。世界で最も有名なロックバンド、ビートルズ。世界で最も成功したロックバンド、ビートルズ。それを擁した英Appleは強いに決まっている。かたや米アップルはとあるガレージからスタートしたパソコン屋に過ぎない。弱いものは強いものに屈する自然の摂理。しかし30年という時間がいつの間にか両者の立場を逆転させていた。米Appleは世界のデジタル音楽配信の覇権を握った。一方の英Appleといえば、未だにビートルズという1つのコンテンツしか持っていない。

The Beatlesとその楽曲は世界で最も強い、No.1音楽コンテンツである。それは持っているものが王様であることを証明する、魔法の杖のようなものだ。エリザベス女王がその活躍を讃えビートルズのメンバーに勲章を与えたように、英AppleとEMIはその魔法の杖を米Appleに授けることとなった。しかも今のところiTunes Storeは音楽配信業界で唯一The Beatlesの楽曲を扱う業者である。

とどのつまり僕らが1日付き合わされたスペシャルイベントは、どの音楽レーベルよりもどの流通業者よりも強大な存在になった米Appleが音楽コンテンツの旧支配者から王位を譲り受ける、王位継承の儀式であった。米Appleは今、王となった。王は受け取ったばかりの愛しい魔法の杖を、皆の見えるところに誇らしげに飾っている。魔法の杖を授かった王様がやりたいことは明確だ。従者を更に増やすことしかない。例えばビートルズの版権に関わりが深いソニー、とか。

Tomorrow Never Knows

とはいえ音楽業界の覇権をだれが握ろうと、僕らリスナーにとってみれば音楽を聴き続けることができればそれでいい。しかし残念ながら音楽には絵画や彫刻と違って、形がない。音楽は空気の波でしかない。空気の波をとっておくことはできない。だから我々はその度に歌い演奏し、時にレコードやCDに音楽を封じ込めてきた。音楽は人の手を通さない限り残り続けることは絶対にあり得ない。たとえThe Beatlesの楽曲とて例外ではない。私は熱狂的なファンではないけど、かっこよくて時にキュートなビートルズの曲は大好きだ。そんな音楽を後世に残す担い手が今日一つ増えた。正直、今日の出来事は忘れられてしまうかもしれないけど、ビートルズの楽曲が人々に忘れられずに残る日はきっと延長されたに違いない。

改めて今日の日はおめでとう Apple。


しっかし僕らが望んでた例の "明日" はどこへ行っちゃったんだか…

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