ルールとはどんなときも平等なものでなければならない
2009.07.28 Textサッカーもといスポーツ全般が嫌いな私が、先週末スポーツバーでサッカーの映像を見ながらふと思ったことがあります。サッカーの試合は前半45分・後半45分の計90分間行われる…んですが実際の試合ではまず90分で終わることはないでしょう。試合中に審判が小休止した時間分だけ延長される、いわゆる「ロスタイム」があります。
スポーツ素人なりに考えてみればなかなかこれがよくできたシステムではないでしょうか。素直に考えれば、「試合が中断した時間が存在するのは不平等だし、90分やるっつってんだから90分きっかり試合に費やすべきだろ」という発想からこのロスタイムという制度は生まれたのでしょう。高々数分の延長であってもこのロスタイムの時間というのはやけに緊張感が高まるものです。なぜなら具体的にロスタイムがどれだけ存在し、実際にいつ試合が終わるのか、審判以外は誰もわからないから。人間には油断というものがあります。選手だって試合もあと数分だとわかれば気のゆるみが生まれるでしょう。明らかに手を抜いてしまうかもしれない。しかしロスタイムがあれば試合の終わりは審判の裁量次第、がんばり続けざるを得ない。緊張感が持続すれば試合のクオリティも上がる。それに伴って当然観客も白熱した試合が最後まで楽しめるし、盛り上がる。単なる試合時間の調整が二次、三次の思わぬ効果を発揮したのです。
かのスーパーマリオの生みの親・宮本茂氏は「アイデアというのは複数の問題を一気に解決するものである」と語っています。サッカーのロスタイム制度はまさに3つの問題を一度に解決したアイデアのよい例ではないでしょうか。ロスタイムに限らず、ルールやシステムというものはこのようなアイデアの塊です。そのどれもがサッカーを現実的で、楽しく、スリリングで、戦略性があり、安全で、盛り上がるスポーツにすることに役立っています。ルールこそが「複数の問題を一気に解決するもの」の集合体と言えます。
で。まったく話が飛ぶんですが、近所を選挙カーが走っていて大きな声が聞こえてきました。しかしこの選挙カー、本当に必要なのかなぁ、なんかもったいないなぁと思ってしまいました。なんとしても名前を覚えてもらう、というのも当選には重要なステップなんでしょうが、政策やその人の考え方も何も聞かないで投票されても、なんか違う、って気がしますよね。選挙カーにはお金も労力も候補者の時間もかかってる。だけど周りの人はうるさいなぁ、としか思っていなかったらもったいない気がします。
私は政治にも法律にも疎いので的確なことは言えませんが、まず選挙のルールに問題があるのかもしれないなーと思います。昔のルールを守らざるを得ないから、なんだか非効率なことになっているような。先日も候補者は選挙に関連する内容をTwitterに書き込んではいけない @seiji_ohsakaというお話が出ていました。だからといって「今すぐ選挙でTwitterを使えるようにしろ!! ええいネットを使えーっ!!」とも言いませんし、更なる問題が発生する可能性もあるわけですからルールを変える以上しっかりと話し合った上で変えてほしいと思います。
ただ一つ確かなことはどんなルールも状況によっては見直さなければならないときがくるということです。新たな泳法や技術が発明される度に改正される、オリンピック水泳のルールのように。ルールは常に「複数の問題を一気に解決するもの」でなければならないのです。