なぜ産経新聞iPhoneアプリは「完全無料」で使えるのか。
新聞がiPhoneで読める。しかもタダで。

遂にこの時が来たか。各方面でも伝えられている通り産經新聞が自社の朝刊を無料配信するiPhoneアプリを公開。iPhoneへ向けて実際の新聞を配信するというのは全世界でも前例のない快挙、しかもアプリ自体も「無料」という思い切った戦略です。
アプリをダウンロードして立ち上げると自動的にその日の朝刊が読み込まれる方式(過去のアーカイブは保存されません)。なるほど紹介サイトでも言っている通り「配達」とは言い得て妙。しかし本来ならば毎月3000円近く取られるであろうところを、配信料も無料、さらにアプリの料金も無料にしてしまう理由は何なのか?つかそんなことして会社的に得があるんでしょうか。その裏側を妄想していきます。
新聞を極めて "新聞的" に読める

まず実際のアプリの使い勝手ですが、非常に良好。仕組み的には新聞をスキャンした画像データが大きさ別で3種類読み込まれ、それをGoogleマップ風のしくみで表示します。最初はiPhone用にレイアウトを最適化したデータを作って配信した方が見やすくでいいだろうとも思ったんですが、実際に使ってみると意外と困らないもので。新聞って大抵気になったところだけをさっと読んで次のページへ、と読んでいく人がほとんどでしょうから、「気になったところをタップして拡大」→「読み終わったら次のページへのボタンを押す」というフローで新聞とまったく同じ読み方になるわけですね。特に、スムーズな拡大縮小、スライドはiPhoneが得意中の得意としているところですから、新聞とiPhoneは相性がいいのでしょう。

個人的に一番気に入ったのが「ラジオ・テレビ欄」(通称ラテ欄)。既にテレビ番組表を表示するiPhoneアプリも登場していましたが、やっぱりラテ欄じゃないとダメなんですよ。実は自分でラテ欄表示iPhoneアプリを作ろうかと思っていたくらい。チャンネルと時間の掛け合わせで見ていかないと、好きな番組がいつどのチャンネルで放送されるかがすぐに把握できない。今までデジタル番組表で出来がいいのはWiiのテレビの友チャンネルだと思いますが、それでもラテ欄の見やすさには届いていない気がしました。で、今回の産經新聞アプリではまさにそのままのラテ欄を見ることができます。私はやっぱりこれが一番。番組表は情報量が多ければいいってもんじゃないんです。今のところこのアプリは最強の「テレビ番組表アプリ」でもありますね。
なぜ産經新聞は実際の新聞を「無料」で提供するのか
しかし売り物になっている新聞を本当にタダで配っちゃっていいんでしょうか。最近新聞の発行部数が落ちているとよく聞きます。部数が落ちれば当然収益が減る。タダで配ったら尚のこと…と思い実際のデータを調べてみると意外なことが。
他社が軒並み部数を減らしている中、日経と産經は確実に部数を伸ばしているんですね。新聞自体を売ることに困っているわけじゃないようです。タダで配る余裕がある、ということなんでしょうか。しかし新聞の主な収益源は他にもあります。広告です。
新聞業界全体のデータなので産經に絞ったものではありませんが、確実に出稿が減っているのは事実のようです。新聞に広告を載せる価値、というものが広告出稿者の中で揺らぎつつあるでしょう。とくれば新聞広告の価値を上げなければいけませんよね。価値を上げる、つまり多くの人が興味を持って見てくれる状態にする、ということです。あくまで妄想ですが、この産經新聞アプリは「新聞広告の価値向上」を狙ったアプリ、ということではないでしょうか。
産經新聞はすでにMSNと提携してネット上でニュースを配信しています。iPhoneアプリを作るならこのデータを持ってくるのが一番正攻法のはずです(MSNなのは置いといて)。あえて実際の新聞のスキャンデーターを使ったのは、編集不要で配信コストが小さいこともあるでしょうが、一番の理由は新聞上の広告をiPhone上に再び表示できるからでしょう。さらにこのアプリの操作方法なら、スライドしているうちに何気なく広告に目がいくことも多々あるわけです。
つまり単純に新聞広告の露出を増やす方法、と考えれば今回のアプリ・配信が無料なのも納得がいきます。さらに「一日一回だけ配信」「過去の新聞は保存されない」「iPhoneから他のメディアへの転送不可」という要素も無料配信が可能になった理由の一つでしょう。
新聞というフォーマットの存続、そしてネット時代の課題
確かにこれで広告の露出は増えるでしょう。でも新聞の読者層とiPhoneのユーザー層が同じとは想像しづらい。層が変われば広告効果も大きく変わるだけにこれは重大な問題です。しかし紙で新聞を読む人と、iPhoneで新聞を読む人がまったく乖離した存在だとは思いません。「新聞の表示フォーマット」が理解できる世代が限定されつつあるからです。
このままいくと我々が知っている紙面上での新聞、あの特殊な表示フォーマットは消滅します。私より下の若い世代のほとんどは情報の入手を携帯・PCで済まし、わざわざ月3000円を払って新聞を購読しようという人はいないでしょう。縦書き、段組み、入り組んだレイアウトといったものは排され、すべて電子機器で表示しやすい横書き、ページ別、といった方法に置き換わる。
私の世代はおそらく紙とデジタルの中間に位置するのだと思います。新聞は理解できる、ただデジタルに既に移行しまった。先ほど書いた通りいまさら3000円を払う気にはならない。今更お金を払ってくれない人たちなら無料で配ってもいいじゃないか、読んでもらえるだけよっぽどいい、という気持ちが産經新聞にはあるかもしれません。そして新聞のあのフォーマットを支持してもらえる最後の世代だとも思っているでしょう。少しずつ死に向かうフォーマットを、存続させることのできる鍵を握っている世代。そして彼らの一部が支持するデバイスiPhone。それがデジタル版の新聞を表現するに恰好のデバイスだったと。
いや、これはさすがに今回は妄想が過ぎたかもしれません。ただ新聞が変わらなければならない時期ではあるのです。ちょうど今日の産經新聞の一面に大きく載った写真は今年を表す一字「変」。

この恒例行事もいい加減もうよくね?と思いつつ、さらになんともしっくりいかない一字が選ばれてしまい妙な気持ちでしたが、なるほど、こうやって新聞の一面に載るとなかなか説得力があるように感じます。