ナンシー関大ハンコ展に見た、テレビの(消えてしまった)未来。

もう6年前のことになる。彼女が心不全で亡くなったのは。6年前の昨日は芸能界、そしてテレビ界は惜しい人物をなくした日。ナンシー関。消しゴム版画家にしてテレビ評論家。彼女の足跡をたどる展示会が渋谷PARCOで行われた。その名も「ナンシー関大ハンコ展」。
NANCY SEKI's FACTORY『ボン研究所』
ナンシー関 - Wikipedia
ナンシー関が生涯に彫った5000を越える消しゴム版画。その全て(しかも現物)を一挙公開する企画。最終日は会場の6階から2階まで人が並ぶほどの大盛況ぶり。あの太い指が彫りだすとは想像もつかないような繊細な作品たちを来場者(自分含む)は立ち止まりじっと眺めてしまうのだった(だから会場の流れも遅い)。数々の作品を見ているうちに90年代の記憶がまざまざと蘇ってくる。ナンシー関の作品の面白さは有名人の似顔絵だけではない。そこに添えられるわずかな言葉がその芸能人を的確に表現されている。ナンシー関は人の本質を限界まで削りだし表現する達人だった。
忘れてはいけないのはナンシー関は稀代のテレビ評論家だということ。こればかりはぜひ彼女の執筆した本を読んで確認してほしい。今ではテレビを語る数々のブログがあるが、未だにナンシー関を越える視点の持ち主を見たことがない。彼女の文章は毒だらけ。テレビマンの半端な考えを易々と見抜いてしまう。業界の人もナンシー関に自分の番組を取り上げられたらひやりとしたことだろう。だけどそこにテレビへの愛があるから。芸能界のご意見番はたくさんいるが本物はただ一人、ナンシー関その人だけだった。だけだったんだ。だけどもういない。
追悼映像の中で水道橋博士が言う。「彼女が生きていたら今のバラエティーはクイズ番組だらけにはならなかったでしょうね」と。今となってはそれがどうかわからない。だけど確実に何かは違っていたはずだ。6年前僕らは気づいていなかった。ナンシー関が亡くなったとき、テレビもまた死んでいたんだ。タガが外れてしまった業界を見て彼女はどう思うのか(それでも笑って見てそうだけど)。やっぱりまだ見たかったよ。ハンコもエッセイも。
展示の中でも最も大きく引き延ばされていた作品はジャイアント馬場の肖像。まさに私の知っている馬場像がそこにはあった。ジャイアント馬場を「やさしい巨人」として映し出すことができていたテレビ、それが私が好きなテレビだった。