iPod touchは素晴らしい。しかしiPhoneを超えることはできないのか?
2007.09.07 Gadgetもう既にニュースサイト、個人ブログ等で書かれまくっているiPod touch。今更同じことを書いてもしょうがないので自分なりの視点でiPod touch
を解剖してみる。iPod touch
(とiPhone)の登場によって、音楽を再生するiPodの機能はアプリケーションになった。
・iPodがソフトに融けていくとき、結局iPodはiPhoneを超えられない。

確かにiPod touchはとてもすばらしい製品で、私も発売当日に有休を取って店頭に並んででも買いたい代物である。が。落ち着いて考えればiPod touch
はiPhoneの機能限定版でしかない。いずれはiPodもほぼ全機種がtouch型にシフトしていくことになるだろう。そのときに、iPodのオリジナリティーはどこで保証されるのだろう?iPhoneはこれからのモバイル機器の価値は「ソフトウェア」にあることを証明した。しかし既にiPhoneもiPodも同じソフトが走るのだ。iPodはShuffleを除いてiPhoneに吸収されてしまうのか。それともiPod classic
に対するiPod nano
のように、大きさや容量でiPhoneとの差別化を図るのだろうか(今の所iPod touch
がiPhoneに勝利している要素は容量、そして薄さである)。既に音質は重要項目から抜けているし、バッテリーの持ち時間だって大して変わらない。iPodにはあってiPhoneにないもの、仮にそれが生まれればiPodの名は消えることはないのかもしれないが…。
はっきり言ってしまえば音楽の聞くためのハードiPodは、Appleの情報端末内で動くソフトiPodへ形を変えてしまったのだ。優秀なハードウェアとしてのiPodは消滅し、アプリケーションとしてのiPodが産声を上げる。これからのiPodの進化はソフトウェア上の進化でしかなくなる。それはまるでワープロからパソコンへの転換のように。
・大切なのはコンセプト。そしてハードウェアiPodの未来は。

このまま行けばiPodというプロダクトは消滅する。いや、落ち着け。ここまで書いてきた話は「iPodが音楽プレーヤーとして究極の回答である」という前提条件の下に進めてきた。iPodがソフトに溶け出すならそのソフトが動きゃいいんじゃん、という。しかしこんな話はどうだ。iPod shuffleはiPodに劣るというのか?答えはもちろん否だ。iPodとiPod shuffle
はもともと目指しているものが違う。「同じ音楽を聴くための道具」であっても「全てを手中にいれコントロールする」iPodと「全て機械の判断に任せる」iPod shuffle
はまったく別もの。iPod touch
が登場したからといってiPod shuffle
の価値が落ちることはない。iPodがiPhone(というかソフトウェア)にとけ込んだとて、別のコンセプトが生まれればまた新しいハードウェアiPodは誕生する。そのヒントはもう既に「あちら側」にたくさん転がっている。
PandoraやAnywhere.FM、Googleが研究する行動分析。例えば、音楽を聴くのではなく音楽を流すiPodの登場だってあり得るかもしれない。私がよく話すのが「世界中のデータは重複する必要はない」ということ。例えば巨大なiTunesサーバーが一個あって、世界中の音楽がそこに入っていれば、わざわざ音楽データを持ち運ばなくてもiTunesサーバーからストリーミング再生すればいいだけの話。これならiPodにハードディスクもメモリもいらない。あるのはアンテナとイヤフォンだけのiPodだってあってもいい。
あちら側だけじゃない、こちら側にもNike+のようなものがいい例。装着しているユーザーの脈拍や行動が音楽の選曲や音量を決定する、とかね。個人的にはコンビニのレジに立っているときに勝手に音量が下がってくれるプレイヤーが欲しいが。
ソフトウェアの柔軟性を取り込んだiPod touchやiPhoneは今以上の可能性を秘めている。と同時にiPodの未来もまだまだいくらでもありそう。
・…で、正直な話、どう?

私のiTunesライブラリーは40GB近くあるので、音楽聞くだけ・映像見るだけならiPod classicの80GBを買うのが一番幸せなような気もする。でもね、触りたいじゃない。触りたいのよ。触れるなら全然頭下げれるよ。ということでiPod touch
16GBを買います。うまく買えたら今月末また、当ブログで。
